武田信繁 「まことの武将」として武士の鑑となった男はどんな武将だった?<続き>


兄である武田信玄の右腕として大きな信頼を得て武田家の勢力拡大に非常に大きな役割をたはしてきた武田信繁ですが、激戦として名高い第四次川中島の戦いにて奮闘の末に戦死してしまいます。

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No.025彼の死は兄・信玄や武田家臣団は「惜しみても尚惜しむべし」と評し惜しんだのは勿論のこと、敵総大将・上杉謙信でさえも大いに嘆いたと伝わります。信玄の嫡男・義信が謀反を起こした際も、多くの重臣が「信繁様が生きておられたらこんなことにはならなかっただろう」と嘆いたと伝わりますし、去年大河ドラマでも大活躍した武田家臣だった真田昌幸は信繁に対する尊敬の念を込めて、自分の次男に信繁(幸村のことですね)と名付けるほどだったことから武田家中でもきっての人望の篤さだったことが伺い知ることができます。

20100304145049繁は武将としてだけでなく、文人としても素養があったようで、和歌も嗜んでいたようです。更に政治家としても素養を持っており、嫡子のために99箇条の家訓を作っています。この家訓は中国古典から引用されたような内容もあり、いかに信繁が有能な官吏でもあったかを物語っています。ちなみに99箇条の武田信繁家訓は有名な甲州法度次第の原型にもなっており、江戸時代には武士の心得として広く読み継がれていました。これらの功績と人物から江戸時代には「まことの武将」と評されるほど人気があったと言います。

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00113_m父と子が殺しあい、同じ親から生まれた兄弟が争うのが当然だった戦国時代。そんな時代にあって兄弟の絆、血の絆を尊んできた信繁だからこそ、自国の家臣や同族は勿論、敵にも尊敬される武将だったのでしょうね。

本論から完全に離れてしまうようなこぼれ話になるのですが、信繁と同じく弟として、類いまれな才知を持って兄の創業をを助けたという意味で豊臣秀吉の弟、大和大納言秀長も有名です。この二人、大河ドラマ「風林火山」(2007)で信繁、「軍師官兵衛」(2014)で秀長と同じ俳優さんが演じてるんですね。嘉島典俊さんという俳優さんが演じているのですが、両方とも熱演でしたので次なる弟役を期待したいですね。次は長曽我部元親の弟、香宗我部親泰あたりで!しかし、長宗我部家が大河ドラマになる可能性があるのかは大いに疑問ですね・・・私はぜひ四国の覇者長宗我部家の大河ドラマ見てみたいですけど!(笑)

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