都市と町衆


戦国大名は分国支配の強化をめざして、富国強兵策をすすめました。そのために各大名はいろんな政策を行っています。

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領国を豊かにするため、治水・灌漑事業に力をいれて農業を盛んにするとともに、土地を調査して税を定める検地を行って、農村からのあたらしい収入を確保しました。鉱山開発などの諸産業をおこし、居城の城下を領国の経済の中心地として城下町をつくり、商業も盛んにしました。中央から文化人を招いて、文化が発展するようにつとめました。軍事力を強化するため、大名は領内の国人だけでなく惣を構成する農民である下級武士まで家臣にとりたて、主従関係を直接・間接に結んで家臣団に編入し、彼らに軍役を負担させました。また、鉄砲・長槍などの新兵器をそなえて戦力を強化しました。

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bunkoku4大名のなかには、分国支配の基本法である分国法(家法)を制定するものもありました。今川氏の今川仮名目録、武田氏の甲州法度之次第などはその代表です。とくに、紛争を自分の力で解決しようとして喧嘩になった場合、理由にかかわりなく両者を罰する喧嘩両成敗法などを定めて、家臣団と農民の統制につとめ、違反者はきびしく罰しました。

kids1_3各地で力を強めた戦国大名は、15~16世紀にかけて激しい戦いにあけくれましたが、そのなかで京都に攻めのぼり全国統一の第一歩をふみ出したのが織田信長です。戦国時代には、多くの都市が形成されました。交通の発達にともなって港町・宿場町がうまれ、寺社参詣の流行にともなって門前町やさらに寺内町が各地にうまれました。このうち寺内町は、浄土真宗の寺院や道場を中心にして囲んだ町で摂津の石山(大坂)などがその代表例です。戦国大名は城下町を中心に領主経済をまとめるため、さらに地方市場を繁栄させるために多くの保護をあたえ、なかには座などの支配を認めず、自由に商業取引ができるように楽市令を出し、経済活動の拡大をねらったところもありました。

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