戦国を語る2


昔、若いころに小林よしのりにはまっていた時期があった。この時「公と個」というテーマがあった。戦国時代の公と個を自分なりに解釈してみた。

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「公」と「個」
CUT_454「公」の心を重んじつつも、その中で「個」として確立していく武士。その顕著な例は忠誠心である。一般に忠誠心と言えば、「忠臣、ニ君に仕えず」の言葉を連想される方も多いだろう.。しかし、戦国を語る1に述べた通り、これは「武士道」の精神であり、戦国時代の概念ではない。ここにおける忠誠心とは武士の精神的美学である。

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dd648958さて、武士達の「公」は主君である。更に大名の「公」は将軍または帝である。ならば「個」は無視されていたかというと、そんなことはない。大名をはじめとする「公」は武士の「個」を認めていた。当然である。むしろ、当時の武士社会においては「公」である大名が「個」である武士の顔色をうかがう様子も見える。毛利元就の円型血判状は必ずしも大名が優位ではないことをうかがえる一例であろう。これは毛利家だけにおける例ではなく、他家にも似たような事例が在る。例えば、武田家では家臣団はほとんどが豪族であり、武田家との契約関係で従っていたのである。いわば、互いの信頼による共和国であり、信玄もその大統領と言う立場に過ぎないのである。(もっとも信玄の場合、その能力とカリスマから絶対の信頼を得ていたが)これらは当時の大名と武士の関係を表すものだと思える。

「公」と「個」あって初めて国は成立する。しかも勢力が大きくなればなるほどそのバランスが重要な位置を占める。そして、バランスを失った国は衰退し、時には滅亡していくのである。 戦国時代は基本的に「公」と「個」が絶妙のバランス感覚で成り立っていたと言えるだろう。だからこそ、魅力ある人物が数多く登場・活躍し、歴史を彩るのではないだろうか。

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