戦国時代への誘い 入門1


%e7%84%a1%e9%a1%8c足利尊氏が開いた室町幕府は、15代将軍足利義昭を最後に完全に滅亡する。しかし、すでに室町後期においては幕府は権力を無くし、役職や官位などの権威はほとんどの意味を持たなくなる。そこで武力による戦乱の時代が幕を開ける。「戦国時代」である。この時代は、力のある者が力の無い者に取って代わる「下克上」の時代である。

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img_0806さて、この「戦国時代」の始まりであるが、一般には北条早雲の伊豆進攻による「下克上」を始まりとする説が有力である。しかし、これよりも以前に尼子経久による月山富田城攻略を始まりとする説もある。ただ、没落はしていたとはいえ月山富田城は元々尼子家の居城である。つまり、この事件は奪還であり、「下克上」とは微妙にニュアンスが違うと思われる。したがって、戦国時代の始まりは「北条早雲の伊豆進攻」として問題無いだろう。

北条早雲の後は「下克上」の代表的な人物が続々と登場する。美濃の斎藤道三・尾張の織田信秀・土佐の長曾我部国親・安芸の毛利元就・周防の陶晴賢・肥前の龍造寺隆信などである。

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一方、守護大名から戦国大名に成長した家もある。陸奥の伊達氏・甲斐の武田氏・駿河の今川氏・近江の六角氏・越前の朝倉氏・長門の大内氏・豊後の大友氏などである。

20110830182245773ほとんどの戦国大名に共通する目的は、基本的に「領地拡大」である。力が正義のこの時代は、領地を拡大することは国力の増加に直結し、自国を守るためにも経済の発展にも当然の政策といえる。しかし、帝の住む京の都に近い大名達は、力を失った室町幕府に取って代わり、征夷大将軍を目指すものもいた。将軍職に任命されれば、各地の大名に大きな差をつけることが出来る。いかに戦国時代が群雄割拠の時代だったとはいえ、朝廷の威光は充分に生きていたのである。もちろん、利用価値があるとして捉える者もいたであろうが、基本的には帝は不可侵の存在だったといえる。一人だけその帝の地位を狙った人物がいた。豊臣秀吉であるが、それはここで述べることではない。そういう経緯もあり、戦国時代は自ずと近畿地方を中心に動いていくことになるのである。

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