大河ドラマ「真田丸」最終話 


あらすじ

大坂方の作戦が徳川に漏らしていたのは大阪城の台所頭の大角与左衛門だった。幸村は与左衛門を叱責し、与左衛門は調理櫛で自害を図る。

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fb8f4c67c039bdd0acdd513075e50f19_11843最後の決戦に臨みをかけ、徳川の本陣に切り込むことを決意した幸村。5人衆のうち後藤又兵衛と長宗我部盛親はすでに討死しており、残るは幸村、毛利勝永、明石全登の3名だった。これに大野治長と大野治房を加えた5人が大坂方の主力だった。幸村と毛利勝永が徳川本陣を目指し、明石全登は裏から挟撃する作戦だった。この作戦を成功させるには、秀頼出馬による兵の士気を鼓舞することが絶対条件だった。秀頼は快諾し、最後の戦に挑む準備が大坂方に整ったかに見えた・・・。

幸村は淀君を訪ね、最後の決戦に打って出て家康の首を必ず取ってくる決意を伝える。一方でもし自分が家康を撃ち損じたときは秀頼正妻の千姫を和睦使者として徳川に遣わすよう言い残し、最後の決戦に発って行った。

oricon_2083210_0徳川忠直隊と毛利勝永隊の小競り合いから戦火は切って落とされた。毛利隊は次々と徳川隊を切り倒し、幸村もそれに乗じて家康の本陣に切り込んだ。家康が陣を引いて逃げ出すほどの大混戦であったが、戦局は圧倒的に大坂方に優勢であった。更に大野治房が徳川秀忠の陣を襲い、これも優勢に戦いを進めていた。戦は完全に大坂方が支配しているように見えたのだが・・・。

oricon_2083233_0戦局を見ていた大野治長は今が秀頼の出陣の時と大坂城に秀頼を呼びに戻ることにした。このとき実は秀頼が戦場に出ているように見せるため千成瓢箪の馬印を持ち出していた。治長はこれをもって大坂に戻ってしまったのだ。傍からは秀頼が大坂城に退却したように映ることは明白だった。その危険性に気付かないままに治長は大阪城で秀頼に出陣を促した。出陣しようとする秀頼を大蔵卿が引き止める。幸村が徳川と内通しているという噂が大坂城内に広まっていたのだ。信じられない秀頼だったが、出陣するタイミングを逃してしまう。追い打ちをかけれるように幸村と毛利隊がじりじりと後退している報告が入る。更に与左衛門が大坂城に火を放ってしまう。秀頼も治長も大蔵卿も完全に戦の趨勢が決したことを理解せざるをえなくなった。

それを見ていた家康はこれが合戦の転機になることを見逃さなかった。すぐに陣を立て直し、攻勢を強める。最期に家康の本陣を再度攻めた幸村であったが、家康を討ちとろうとしたところに体制を立て直した秀忠隊が押し掛けてきた。善戦した真田隊であったが、もう戦の勝敗は決したも同然だった。そのまま幸村は最期を迎えたのだった。

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感想

p06とうとう最終回でした。脚色強かったとはいえ、ドラマとしては非常に面白い大河ドラマだったと思います。最後に家康と対峙した幸村との会話が興味深いです。「お前のように戦でしか自分の生きた証を見出せん奴の生きる場所はもうない」幸村も「そんなことは分っておる!」と返しました。昌幸や討死していった又兵衛他の武将達の無念を晴らすためにも家康の首が欲しいという話でした。つまり、これって復讐や敵討ちの気持ちが濃く見えます。大義と義心を戦いの基本姿勢にしていた幸村ですが、戦いをしていくうちに最後は人間らしい感情が表に出それらが複合されて最後に“義の武将”を強烈に印象付け幸村像が完成されました。

20160327-00055880-roupeiro-001-3-view更にこの会話で自分の生きる場所、活躍できる場所がないと理解していた幸村はやはり、この戦いに勝てないことは最初から分かっていたのではないでしょうか。幸村は負け戦と分かっていて、なおかつ自分が最後に活躍できる場所を探していたのではないでしょうか。もちろん、秀頼を立てる大義はあったことでしょう。そうなると又兵衛に「死に場所を求めている」と言った言葉は自分自身に言い聞かせていたのかもしれませんね。

sanadabn2もっともドラマの中の人間性の話で、本当の幸村がどういう気持豊臣に味方したのか、徳川と戦っていったのかはもちろん今や知る術はありません。いろんな可能性はありえます。豊臣が勝った方が大きな恩賞が約束されること、武将としての義心、最後に一花咲かせようという武士の誇り、などなど。どれも分からない以上、どんな想像をしてもそれは間違いと言える根拠はありません。このような歴史の謎こそ素人が色んな想像ができる部分ですよね!

さて、今回で最終回なので来週の日曜の夜にきっちり帰宅する必要はなくなりました。来年のおんな城主直虎は見るかどうかまだ分かりません。とりあえず初回は見るとは思います。それ次第ですかね・・・。(笑)

daiji

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