藤原定子 パーフェクトな女性


皆さんは藤原定子という女性をご存知でしょうか?

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5fd814ed今から千年前に生きていた一条天皇の中宮です。枕草子を書いたあの清少納言の仕えた主人として知られています。父は藤原道隆、藤原道長の長兄に当たります。藤原氏の氏の長者であった藤原兼家の長男であり、当時の一流貴族の筆頭でした。母は高階貴子。一流貴族の正妻としては珍しい受領階級の娘ですが、高階家は代々学者としての家系で朝廷にも出仕し、当時女性としては珍しかった漢詩も操ることができる才女だったでそうです。そんな道隆と貴子の長女として生まれた定子は一流貴族の娘としては当時のお決まりのコース、天皇の妃になる娘として大切に育てられます。当時の貴族たちは自分の娘を天皇のお妃として入内させ、天皇と娘の間に生まれた皇子を次の天皇とし、外戚として権力を握るのを究極の目的としていました。当然定子も一条天皇の皇子を産むことを期待されて入内したのです。

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とはいえ定子が入内したときは夫の一条天皇はまだ10歳という子供だったためすぐに皇子誕生が望めるわけではありませんでした。定子は一条天皇より4歳年上でしたが、インテリだった母貴子の教育のおかげか、深窓のお嬢様には珍しく、漢詩も通じており、ウイットに富んだ、そして見た目も美しい完璧な姫君だったようです。彼女の素晴らしさは清少納言の枕草子にあますことなく描かれています。

定子の前半生はこのように一流貴族の娘として生まれ、天皇の中宮と言う尊位に登り、夫にも深く愛されるというとてもきらきらしいものでしたが、その状況は父の道隆が死亡すると一変します。定子の兄である伊周は失脚し、父道隆の弟である道長の一族に権力の座は移っていくのです。道長は娘の彰子を入内させ、彰子は中宮に、定子は皇后となります。皇后とは名ばかりの位でした。そんな中でも定子は生来の優しさ、楽しいことが好きと言う明るい気質を失わず、一条天皇の子供も3人産みます。その皇子は天皇になることはできませんでしたが、その美しい生き方は千年後の現代に生きる我々の胸をうち、まさに理想的なパーフェクトな女性言えるのかもしれません。

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