武市半平太 歴史に埋もれた土佐の偉人とは?


幕末の偉人といえばみなさんは誰が浮かびますか?一般的に人気があるのは坂本龍馬、高杉晋作、吉田松陰などがおもい浮かぶのではないでしょうか。しかし今回はそういった誰でも知っているひとではなくみんなが知っているような人物じゃなくあまり知られていないけれど傑出した偉人を紹介したいと思います。

スポンサーリンク
>

hanpeita_01aまず一人目は武市半平太です。この人物はちょっと幕末歴史をかじった人でないと知らない人物と言えるのではないでしょうか。司馬遼太郎の「龍馬がいく」には結構出てくるし、その他の小説やドラマなどに良く出てくるので名前は知ってる人もいるかもしれません。この人物は龍馬と同じ土佐藩出身で龍馬の友達でもありました。半平太は顔も端正な顔をしており知識、教養は吉田松蔭と並ぶほどであり、行動力、決断力などは西郷隆盛、大久保利道と並ぶほどの人物だといえるかもしれません。しかし、それほどの人物であれば、なぜ彼は龍馬や西郷隆盛ほど名前を歴史に残すことができなかったのでしょうか?

20100509011028b24土佐藩では上士と郷士に分かれており上士は佐幕派郷士は尊皇攘夷でした。郷士の人たちは長年上士と因縁をもった関係でした。郷士は差別をされていたため土佐藩に反抗的でした。そこで武市半平太は土佐勤皇党をたて実権を持っていた吉田東洋という人物を暗殺し土佐藩で政権をにぎりました。土佐勤王党は政敵を暗殺などで葬り残酷なことも結構やっていたそうです。最初はうまくいっていたのですが山内容堂(隠居していたものの実権を握っていた元藩主)が不快感を示しており、長州藩が中央政界で失脚すると勤皇党は勢いをなくし佐幕の人物たちがまた実権を握り、半平太は捉えられてしまいます。最終的には半平太は切腹をさせられます。

もし半平太が明治まで生きていたとしたら西郷隆盛などのようにみんなが知っている偉人となっていたかもしれません。半平太の死はあまりにも早過ぎたものでした。しかし土佐藩はもともと幕府よりだったため幕府打倒というふうに持って行くことは不可能に近い事だと思いました。なので土佐藩に見切りをつけて中岡や龍馬は脱藩しました。

スポンサーリンク
>

ext_large_53269あと半平太のやりかたは汚な過ぎたと思います。激動の時代ですし、きれいごとだけで時代が変わるわけありません。残酷なこともときには必要なときもあります。他の偉人だって黒いことやってきてるわけですし。しかし半平太は暗殺など何回も部下に命じて実行していますし、かなり暗殺のイメージが強いです。ちょっとダークな印象が強すぎるかもしれませんね。とは言え、前にも「勝者が歴史を作る」と記事を書きましたが、もしうまくいってればこのダークな面も相対化された可能性は大きいでしょう。もしかしたら司馬遼太郎の小説でも主役になってタイトルは「半平太がゆく」だったかもしれません。(笑)

幕末は他にも歴史に名を残さなかったけれど、スゴイ人はたくさんいます。やっぱり時代の変遷期にはダイナミックな動きがあるので、魅力的な人物がたくさん出てきます。そこが幕末の面白いところではないでしょうか。

ec068135

スポンサーリンク
>