小林一三 阪急グループ創業者 ~日本のジョブス~


日本ではなぜスティーブジョブズにのような起業家がいないのかなどとたまにいわれます。そうは言ってもアメリカにもそのレベルの経営者はエジソンやヘンリーフォードぐらいしか思いつかないんです。ビルゲイツもその一人と言っていいでしょう。しかし、調べてみれば日本にも名経営者はたくさんいます。松下幸之助、本田宗一郎はその代表格で非常に有名で啓蒙されてもいますよね。では日本のジョブズは誰かと聞かれたら、小林一三という明治時代から昭和初期まで活躍したこの経営者はその中の一人と言えるのではないかと思います。

スポンサーリンク
>

ki01松下幸之助や本田宗一郎などはみなさん知っていると思いますが、小林一三の名前は聞いたことある人は少ないんじゃないでしょうか?ジョブズはイノベーションで有名な起業家で、松下幸之助や本田宗一郎などは統率力や経営戦略で成功した人物などでジョブズタイプではなくビルゲイツタイプだと思うんです。それでは小林一三はなにをした人物なんでしょうか?答えから言えば小林一三は阪急東宝グループの創業者です。

tukimatoi-e彼の生い立ちから説明していきたいと思います。彼は山梨県の商家に生まれ大学は慶應義塾を卒業しています。彼は学生のころ小説家を目指しており新聞で自作の小説を載せたりしています。彼は学生の頃から女性関係にはだらしなくあんまりもてなかったけれど一人の女性をストーカーしたり浮気みたいな感じなこともしています。ジョブズも女性関係にはだらしなかったためこういうところもちょっと似ているのかもしれません。

スポンサーリンク
>

82fb42e0学卒業後は銀行で勤め知り合いに誘われ証券回会社の支配人になる予定でいしたが恐慌に見舞われ証券会社の話はなくなり失業します。その頃に電鉄事業の同社には有望性があるとして有馬電気軌道という会社を設立します。動物園や宝塚に浴場を作り宝塚歌劇団を作ります。沿線を阪急グループの聖地といわせるほどに発展させていきます。1920年には日本で初めてのデパートを作ります。梅田に阪急百貨店という直営百貨店を建設しました。鉄道会社が直営で百貨店を経営するという事例は日本国外ではなかった。世界恐慌のさなか多くの客を集めることい成功します。小林は阪急社長を辞任後近衛文麿内閣の商工大臣もなっており政治家の経験もあります。小林一三は常に世の事を考え行動してきました。こういう姿勢は我々も見習わなければならないと思います。ジョブズもそういう考えをもっておりにている場面もあったために彼を取り上げて書 いて見ました。

group_img01

スポンサーリンク
>