日本史論議 謎があるからこそ面白い


日本史の中で現在でもその内容が判明していないことという事柄は多くあります。本能寺の変の真相や、邪馬台国の場所、桶狭間の戦いの正当性、壬申の乱の概要、朝鮮出兵の真意、孝明天皇の謎の死、三種の神器の行方、公暁による源実朝の暗殺と北条氏の暗躍、天皇家の祖先、など現在でも論争の続く多くの事例が存在します。

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hqdefaultこれらの事柄は多くの歴史学者によってA説・B説・C説のように語られます。ですが実際はこのようにかもしれないや視点を変えればや他の勢力から考えればといった事実が判明していないことを研究をもとに予想し、論じていることこそが、歴史を楽しんでいるのだと思います。はっきり言ってがっつりと揺るがない物的証拠が見つかり、論争をスパっと断ち切らすことのほうが面白くはないのです。ましてや教科書で習う誰もがそう思っている事柄さえも、それは真実ではなかった可能性があるといったほうが、物語としては絶対おもしろいと思います。(上杉謙信の女性説、南光坊天海の明智光秀説、徳川埋蔵金とか)分からないから面白く、いつまでも結論のない話をし続けるのが楽しいのです。

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xpic3474日本史上における最大の分からないとされるのが、邪馬台国の後から大和朝廷が登場するまでの4世紀の100年くらいが文献が全く残っていないため、まったくもって空白なのことだと思います。この時代についてははっきりいって歴史学者もお手上げなのです。そして何もないので話のタネもなく、論争をしようにもあまりにも不確定すぎて話になりません。ですから、わからないので興味があり話したいのですが話が成立しませんので面白くないのです。わからない中にある多少のヒントを手掛かりに全体像を鑑みて、自分なりの結論の導き出す、その過程を歴史好きは楽しんでいるのです。そうやってみると歴史学者がずっと同じことを調べ続けていても飽きないのが分かる気もします。日本史上の分からないことがタイムマシーンの完成でただちに解明されないように願っています。

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