信長とキリスト教


戦国時代の戦争に関して、どうしてもズームアップされるのは大名と大名の戦いがメインになりがちです。

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snapcrab_noname_2016-6-8_10-41-29_no-00宗教が関連した戦いも苛烈でした。本願寺と織田信長の争いはもちろんのこと信長は比叡山焼き討ち等、仏教について非常に厳しくしたイメージを持たれていると思います。しかしながら、本願寺とは何度も和睦をしているし信長に逆らわなければさしたる弾圧をしているわけではありません。真偽のほどは定かではないですが、比叡山も通説で言われるほど丸焼けになったわけではないとされる新説も出てきています。

3-16さて、そんな中、戦国時代の新興宗教と言えばキリスト教でしょう。布教はもちろんですが、西洋からの新しい知識や文化、技術をもたらしました。各大名がキリスト教の布教を領内で認めることは、富国強兵のために非常に有効な手段だったのです。おのずとキリスト教が入ってきたことは、日本の歴史にとっても大きな転換点となりました。織田信長もキリストを保護しているという感じで歴史を語られたり、ドラマで描かれているわけですが、実はそんなわけではなく「俺に逆らわなければ仏教と同じく布教すればいいじゃん」ってのノリだったのかもしれません。そこで、3英雄の信長、秀吉、家康が天下を取ってその政権が継続していたと仮定した場合に、日本人にとっては新興宗教であるキリスト教が残ったのかどうかというのが気になってくるんです。

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家康の場合についてですと、史実なものでこれはハッキリしていますね。結局徳川幕府はキリスト教を許しませんでしたからね。

img89a0d9e8zikdzj秀吉の場合は、微妙で「キリシタンは許さないけど南蛮貿易はしたい」という考えでした。わがままな考えですが、これが各大名の本音だったのかもしれません。秀吉は死後に備えて五大老による合議制を作ろうとしていました。つまり連合政権によって豊臣政権を維持する構想だったと言えるでしょう。これを考えれば、布教の許可も弾圧も大名毎に判断となったのではないでしょうか。そうなると、ある程度は根付いたかもしれません。まあちょっと可能性は薄いと思いますが、十分考えらると思います。

nobunagaさて、一番空想のしがいがあるのが信長です。個人的には、信長にとって仏教、神教、キリスト教などの宗教は関係ないというのが私の考えです。実際、信長配下にはキリストに帰依した武将も多くいましたし。果たして天下布武を成し遂げた後、信長は宗教に対する法律を作ったでしょうか?結局自分に逆らわなければその信仰については、問わなかった信長ですから、意外に日本はキリスト教が飛躍的に普及したかもしれません。もちろん、一方で信長が絶対王政のようなシステムをめざし、宗教に関しても都合のいいようなルールを作ってしまうといった可能性もあります。いずれにせよ、信長が相当長生きしてその権力を保ったという想定の元ですから、すごく可能性は低いような気がします。

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