浅井長政 長政は本当に義兄信長を裏切ったのか?


信長を裏切った武将は数人(どころかかなり多数)いますが、その中でも難しい立場で本心がいまいち見えにくい武将がいます。「もしかしたら」と考えたくなるような武将なので、ちょっと私見として紹介したいと思います。

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00018_lその武将は浅井長政です。浅井長政といえば織田信長の義弟として有名ですよね。長年の義がある朝倉家と義兄である織田信長との板挟みにあい、朝倉家を選んだことによって散ってしまった名将です。当時織田信長が美濃の斎藤氏と対立していた時、六角氏の属国から逃れ、勢力を拡大しつつあった浅井長政に注目、自身の妹である「お市の方」を輿入れさせるほどの人物でした。信長が美濃を平定し、また足利義昭を将軍に就け、畿内を制圧していけたのも北の守りを固めていた浅井長政のおかげであったことは過言ではないと思います。

ただ越前の朝倉氏を信長が攻めたことにより状況が変わってしまいます。浅井長政が裏切ったのです。そこから朝倉氏、武田氏、比叡山らと共同戦線をはったものの、同盟国の主が亡くなったり信長に滅ぼされたりした結果、孤立無援になり小谷城にて自刃して浅井家は滅亡してしまいます。

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thbp2rzh6g完全な私見ですが、彼がもし信長を裏切らなかったら…。織田信長は天下統一できていた可能性が高いのではないかと思います。朝倉氏もおそらく最初の越前征伐で滅ぼされていた可能性が非常に高いです。そうなると将軍家と畿内を制圧している織田信長になびく大名も出てくる可能性が高くなります。まだ上杉、武田、北条や毛利も居るとはいえ、彼らも織田に従っていたかもしれないのです。織田信長が天下人になれば、浅井長政は同じく信長の同盟国であった徳川家康と同列扱いになり、二番手の位置になっていたと思います。むしろ、豊臣秀吉や明智光秀の出番はなかったかもしれないわけです。もしかしたら本能寺の変もなかったかもしれない、もし起こったとしても、明智光秀を制圧したのは豊臣秀吉ではなく、浅井長政であった可能性は非常に高いです。なにせ長政の拠点である近江は非常に立地的に有利な土地ですからね。しかもそのあと活躍する有能な武将も近江出身者が非常に多い。浅井家臣団は非常に有能でそれを束ねる長政は非常に大きな権力をもったかもしれないです。もしかしたら彼が天下人になったかもしれないくらいです。

28d51f3b長政が裏切った理由は長年、「昔から恩義のある朝倉氏につくべき」と言う父久政の言葉であると言われていましたが、実際のところはどうなんでしょうか。長政の能力からすれば当時の織田氏と朝倉氏の力の差は分っていたであろうと思うし、織田氏包囲網に乗れば天下人になれるかもと考えたのか、いまだに謎ですね。

ただし、長政が信長を裏切ったというのは信長が最終的に浅井家を滅ぼしたからであって、もしかしたら信長が長政を裏切ったと考えることもできます。同盟時の約束に「朝倉を攻めない」という項目があったとも言われています。であれば、裏切ったのは信長で、長政は約束を反故にされた方で、恩義のある朝倉家に協力したのは寧ろ義侠心なのではないでしょうか。

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