大河ドラマ「真田丸」第44回 築城


あらすじ

d77f7727921bdae2b5e1c2da93f6f072_13676城から出て戦う策を講じ、5人衆の同意も取れ、戦に臨もうとする幸村だったが、織田有楽斎他の反対により籠城戦にて徳川軍と対峙することが決まった。それならば、と平野口に出丸を築くことを大野治長に献策した幸村であったが、すでに別の者からも同じ申し出があったことを告げられる。同じ考えだったのは後藤又兵衛であった。幸村は又兵衛と話し、出丸を築き戦うことを譲ってもらう。

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img_1-fcf81軍議で5人衆を中心とした布陣を決めた幸村たちであったが、その布陣を治長が秀頼に報告すると、またもや有楽斎と大蔵卿に反対されてしまう。牢人たちを信用してはいけないというのが理由であった。大野治長は牢人を信じるべきであること、牢人の力を借りないと勝てないことを訴えるが、有楽斎と大蔵卿には届かず、また秀頼もそれを抑えることができなかった。

これを受けて毛利勝永と後藤又兵衛は信用されてないのであれば城を出ると言い出すが、それを幸村は淀君を説得することを前提に預かることにする。淀君に直訴する幸村だったが、淀君は秀頼が大坂の主であり自分が表立っていうことはできないとして結果的には幸村の訴えを退けてしまった。手詰まりになっていた幸村に大野治長は自分が責任を持つから当初の牢人主体の布陣を採用することを伝える。幸村には出丸を築くように伝える。

001早速出丸建設にかかった幸村は同時に武田の赤備えを踏襲し、真田軍を赤で統一するように指示する。しかし、出丸の建設が有楽斎に知られてしまう。有楽斎はすぐに建設をやめて城内に戻るように命令する。建設を諦めかけた幸村のもとに勝永と又兵衛が訪れ、一緒に城を出ないかと誘う。そこに現れたのは秀頼だった。秀頼は幸村の豊臣家を想う心に信じることを決意し、出丸の建設も完成させるよう決断するのであった。

manktiuucqktuzq_zy4xd_6一方京都に集結した徳川軍は30万、豊臣軍が籠城と決めたことで勝利を確信していた。そんなときに平野口に出丸が築かれ、幸村が守将となることを知り「また真田か!」と怒りを表す。家康も平野口が弱点と思っており、そこに出丸が築かれたことを脅威と感たのであった。

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感想

いよいよドラマのタイトルでもある真田丸の築城に入りましたね。平野口付近は大軍が押し寄せやすい環境になっており、そこに出出丸を築いて守ることは戦略的に大きな意義があったんですね。出城と良く言われていますが、城ではなくあるまでも「丸」です。最前線の砦ですね。なので、出丸という表現にしています。

manktiuucqktuzq_irs1g_8赤備えも出てきました。元々は武田家の飯富昌虎に始まり、弟の山県昌景がこの赤備えでした。三方が原の戦いでも家康はこの昌景の赤備えに恐怖を感じ、家康の恐怖の対象となっていたとも言われています。

さて、通常では大坂の諸悪の根源の一人でダメ武将の典型みたいに言われる大野治長ですが、このドラマの中では結構牢人衆に理解を示し、協力する姿勢を見せています。ただし、押しが足りず通すことができない、つまり最後の詰めができない武将という描かれ方ですね。41回入場のときに秀頼の前で語る幸村を苦々しそうに見ていた治長から私は腹に含んだものがありそうと書いたのですが、ちょっと違ったようです。自分にない発想と能力を認めて敵わないと苦々しく思っただけだったのでしょうか?いずれにしても大阪方の中で重要人物なので、今度の絡みと展開がどうなるか気になりますね。

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