調査不足のテレビ番組にビックリ!思いがけない「関ヶ原」とは?


先日、「関ヶ原の戦い」──正確には「関ヶ原の戦いが起こる契機」に関する、とんでもない説明文をネット上で見付けてしまいました。ここは勿体を付けることなく、最初にその説明文の概略を記してしまおうと思います。

「徳川家康は己の勢力拡大を図り、老中・上杉景勝の領地である越後を攻め取るべく、息子である秀忠を向かわせた。反徳川である石田三成は、手薄になったこの時にと江戸に攻め入った。これが関ヶ原の戦いである」

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ef00b880c7d7b15e4c41748dde64364aa388ec53歴史に詳しくない人だったら、何も疑わずに「そうなんだ」と思ってしまうかもしれません。歴史に詳しい方は「何処から突っ込んだものやら」と思うかも知れません。自分自身、まあそれなりの知識がある故に、この解説文を見た時には暫し呆然としてしまいました。

実は、この文章があったのは所謂まとめサイトと言われるところです。 これを見付けたのは、暇に任せてタイトルが気になった記事を開いて、を繰り返していた時で、問題の記事は「“とある歴史上の人物”をこれまで演じてこられた俳優さん」というものでした(実際には人物名が入っています)。ですから、関ヶ原の戦い自体は、その文章の中では「オマケ」に近いお話だったのです。
戦国期が舞台であれば、所謂三英傑を演じた俳優さんをまとめた記事はよくあります。大河ドラマで誰が演じた信長が良かっただとか、あの人の秀吉は年齢的にも天下を取った後が良かったよね、だとか、そんな議論も起こったりします。

ですが、その記事で取り上げられた人物は「珍しい」とつい思ってしまう人でした。それで興味を覚えて開いてみた訳ですが、実を言うと、記事を読んで幾日か経った現在、記憶に残っている俳優さんは三人しかいません。もう少し名前は出ていたのですが、自分には関ヶ原の解説の方が印象に強く残ってしまったのです。

どうして、こんな説明文が出来上がったのか。ちょっと考えてみました。数々の俳優さんの名前をまとめてあるのですから、ライターの方は色々と調べられた筈です。何しろ役者さんの名前のみならず、ドラマの中でどんな性格・役回りであったかまで書かれていたのですから。だけれど、こと「関ヶ原」については、寧ろ何を参照したのだろうか、というレベルの間違いの多さです。一体どうして──と、考えて、思いついた事があります。

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c1600aこのライターさんは、「関ヶ原の戦い」ならば学校で習って来たのだから、オマケ程度の文ならば詳しく何かを参照せずとも大体のことは書ける、と考えたのかも知れません。だからこそ、例えば「上杉と言えば越後」という頭が働いたと想像できます。戦国期の常として、従わない武将を倒しに戦に出向くのならば目的は領土拡大であろうし、確か三成は人がいなくなった時に挙兵したのだから──と、そんな思考が上の様な説明文を作り出していったのかも知れません。

この想像が合っているかは確かめようもありません。ただ察せられるのは、歴史好きや戦国好きを自認する人でなければ、「関ヶ原の戦い」に関する知識はそのぐらいなのだと言うことです。寧ろ、ここまで書けるのは凄い気さえもします。「秀吉の死後に家康と三成が争い、家康が勝利した」ぐらいの人も多いのではないでしょうか。

最初の方で“歴史に詳しい方は「何処から突っ込んだものやら」という文を書きましたが、逆に言えば、詳しくない方、興味のない方には、「何処に問題があるのやら」ということなのでしょう。そして知らないからと言って、それは趣味の程度の話であって、常識がない訳でもない。「歴史」というのは皆が学校で習ってくる教科ではあっても「そんなことも知らないの」が通じないジャンルの一つなんだな、と今更ながらに思い知った出来事でした。

ただ・・・。ライターの記事への誠実さや負うべき責任という観点で考えるならば、「他山の石」としたい部分もあるのですけれど、ね。ネット上ではいろんな情報が自由に流れるため、真実も嘘も多くあります。私もいろんな説や私見を書いていますが、ものを書いていて、それを呼んでくれる方が少しでもいるのであれば、最低限の責任はもって書かないといけないな、と感じる出来事でした。

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