東京裁判 司法原則無視! 悪名高き裁判


151112-1-1世界にとって、そして日本国民にとって歴史上最も大きな出来事の一つとして挙げられるのが、第二次世界大戦ではないでしょうか。これには多くの人やモノが犠牲になる悲惨な一面がありますが、その反省として今日私たちは平和を享受しているという面もあるのです。そしてもう一つ、司法においても重要な一面を持っているのです。

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敗戦国となった日本の戦争遂行に関わった人々の、中でも指導的立場にあったとされるいわゆるA級戦犯を裁くために開かれたのが東京裁判です。これにより世界は日本の責任を問いただし、日本は反省の意をあらわすことができるといった旨は教科書にも載っている ことです。しかしその実、裁判に名を借りた戦勝国の復讐という目的があったことはあまり知られていないのです。

裁かれる罪とその刑罰は予め法律に定められたものに限る、という大原則(罪刑法定主義)がありますが、東京裁判では戦勝国が日本への復讐を果たすために裁判所条例なるものを定め、犯罪と刑罰を“後から”つくりだしたと言われています。(ほとんど戦勝国側から選出された)11人の判事のうち10人がこれについて異を唱えることなく有罪の判決を下しました。法律、裁判の原則を無視したこのような裁判が認められ得るものかは甚だ疑問が残ります。

6c85bad8-sそして判事の中で唯一起訴内容とは逆の「全員無罪」の判決を主張したのがインド代表のパール判事です。 彼は前述のようなおかしな点の他にも裁判の不合理な部分を理路整然と指摘し、最後まで無罪を唱えました。結果はご存知の通り、言ってしまえばこのような出来レースの裁判ではパール判事の主張は容れられませんでしたが、その後占領政策をしいた連合国軍総司令部のマッカーサーや、国際司法界が次々と東京裁判の間違いを認めはじめたのです。さらに時が進むと、パール判事の主張の正しさは一層支持されるようになりました。

0029065221e1a5677bf287f6bce066ce 戦争を行うことが正しいとは思われませんが、それと裁判の正しさはもちろん別の問題です。負けた国であろうが、法は正しく適用されなければなりません。戦争の恐ろしさや平和の尊さのみならず、司法の正しさについても考えさせられる戦争であったのです。

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