大河ドラマ「真田丸」第39回 歳月


第39回真田丸見終わりました。今回から書き方を変えてみます。たらたらと書くのではなく、あらすじと感想を書くようにしてみます。

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あらすじ

関ケ原の合戦後に家康により九度山に蟄居してから10年が過ぎていた。昌幸の死は真田家にとって大きな出来事だった。そんなときに兄信之が九度山を訪ねてくる。信繁一家を信濃に戻し、みんなで暮らしたいと願い凡走する兄信之に対し、信繁は「暮らしにも慣れ不自由はしていない、気を使わないで」と訴える。信繁は信之と幸村は酒を交わしながら思い出を語る。その折に信繁は本当は生活が苦しいことを信之に訴え、援助を頼む。

徳川の監視は厳しく、信之からの援助思ったように進まない。送られてくるのはそばの実ばかりだった。信繁は生活費の足しにしようと仕送りのそば掻きにして商売を試みるも、結果はうまくいかず途方に暮れていた。

そんな折にたかが九度山を訪ねてきた。たかは関白秀次の娘で信繁が側室にして命を救った経緯があった。たかは呂宋助左衛門に預けられ、助左衛門の元でアジアを駆け回る商人になっていた。信繁はたかが持ってきていたサナールという紐に興味を惹かれ、その紐が信州上田で作られている紐に酷似していることに目を付けた。きりと春に紐を作らせ真田紐と名付け、村長と商売をすることで合意に至った。

息子大助は大人しい引っ込み思案な子供になっていた。また高梨内記も昌幸の死以後元気をなくしていた。そんな状況で信繁は内記を大助の傅役として任命し、内記と大助の両者に元気を取り戻してもらおうとする。内記は大助に囲碁を教えることで元気を取り戻していったが、大助とは親子ながら壁がある状態が続いていた。内記に囲碁で負け続けていた大助は、夕飯も食べずに一人碁盤の前で沈黙していた。それを見た信繁は大助に囲碁の教えを乞う形で接し、その結果大助は信繁にようやく父の優しさを見出し、心は徐々に氷解していく。

そしてそんな日常に終わりを告げる使者が信繁のもとにやってきた。元宇喜多家臣の明石全登が信繁を迎えに来たと九度山を訪れた。

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感想

今回はちょっと盛り上がりに欠ける回でした。信繁家族の日常に焦点をあてて、昌幸の死と信繁の大坂入場までをつなぐ回だったという印象を受けました。

真田紐ですが、ドラマでは信繁がたかの持ち込んだ舶来品をヒントに考案したことになっていました。伝承では昌幸と信繁が真田紐を売ることで九度山での生計を立てていたと言われています。しかし、この真田紐、実は珍しいものではなく、全国あちこちで作られていた汎用品だったみたいです。信之や浅野家から生活の援助は受けていたみたいですが、裕福な暮らしができるような満足な援助は浅野家はもちろん信之もできないでしょう。

ちなみにたかですが、秀次縁者の中で生き残った数少ない一人です。本当に秀次のむ娘だったのかは疑問視するところもありますが、実際に信繁の側室であったことは間違いないようです。呂宋助左衛門に預けられたという記録はなく、普通に九度山で信繁の子供を産んだようです。今後どんな登場をしてどんな動きをしていくか気になるところですね。

次回からはいよいよ大坂の陣に向けてクライマックスに入っていきます。予告編のタイトルは「幸村」、とうとう改名するのでしょうか?

ともあれ、また来週を楽しみに待つことにします!

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