渋川春海 日本独自の暦を初めて作った人物


現在、私たちは今日が何日かを簡単に知ることができます。それはカレンダーがあるからです。身近すぎて気づきませんが、カレンダーを作るには天文学的な計算が必要です。
実際、国民の祝日は国立天文台が決めています。特に春分の日や秋分の日は、天文学的に厳密に決まっているので精密な計算が必要です。現代ではカレンダー、つまり暦の運用は非常に精度よく作られていますが、これは先人たちの研究と努力の積み重ねによるものです。

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日本で江戸時代まで使われていた暦を旧暦と呼びます。これは太陰太陽暦と言って月と太陽の動きをもとにして作る暦です。現代の日本では太陽暦が使われています。太陽暦では月を気にせず太陽だけを考えるので、比較的シンプルです。江戸時代のはじめごろまで、日本の暦は中国から輸入したものを使っていました。なんとこの暦は特に改良されることもなく800年以上も使われていました。さすがにこれだけ長期間同じ暦を使い続けると、実際の天体の運行とずズレが生じてきてしまいます。暦の正しさを試す方法の一つとして日食の予報があります。これはかなりシビアに暦の精度が要求されます。そして、江戸時代初めごろには、日食の予報がかなり外れていました。暦は権力と関係が深いです。観象授時という考え方があります。為政者が天体の運行を観察し、正しい時季を得て、暦を作ることをいいます。
(引用:国立天文台ホームhttp://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/CDD7C1C7.html
そのため、暦のズレは幕府や朝廷にとって大きな問題だったのです。

91cbce96f5be29301a26cced64cf51b5そこで登場したのが渋川春海です。彼は実際に天体観測を行ったり、様々な書物から天文学の知識を得て、暦の改良に成功します。この改暦の最大のポイントは中国と日本の経度差の補正にありました。現在でもそうですが、中国と日本では時差があります。これは東西に離れていて、経度が違うからです。地球が自転をしているので、緯度によって時差が出てくるのは小学校や中学校などで習った通りですね。このズレは暦においては非常に重要です。これによりこれまでよりも高精度の暦を運用することが可能になりました。tenmon_bunya_no_zu_by_shibukawa_shunkai_in_1677

その後、渋川春海は初代幕府天文方になります。それまで陰陽師が行っていた暦の作成は、これ以降幕府天文方が行うようになりました。普段あまりにも当たり前に使っているカレンダー。その裏側には先人たちの努力があったのです。

カレンダーに限らずほとんどのものは歴史上誰かが作り上げてきたものです。そういうのも含めて歴史を学び先人たちを敬っていかないといけないなあと考える今日この頃です。

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