お金の上手な活かし方 秀吉のマネー術とは?


hideyoshi_koudaijiお金を使うにはそれだけの財力を持っておかないといけません。秀吉の資産は現代に換算すると200兆とも言われており、日本の歴史上でも屈指の尾お金持ちだったのです。天下人なので、お金が集まるのは当たり前と言えば当たり前ですが、それ以上にさらにお金が入ってくるように手を打っているのです。

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その中の一つが金山銀山の開発です。ヒストリアで取り上げられていたのは播磨の多田銀山です。銀山と言えば石見銀山や生野銀山が有名ですよね。実は私も多田銀山って初めて聞きました。鉱山を探して掘るのは山師と言われる人たち、危険も多く体力も経験も必要なスキルなので、クセの強い人たちだらけだったそうです。掘ってもわずかな金銀を差し出すもののそのほとんどを持ち逃げするような人々だったそうです。秀吉はかht3046_04なり良い条件で彼らを手なずけ、結果的には自分のところに入るお金を増やしているのです。鉱山もこの多田銀山意外に同じ播磨の生野銀山や佐渡金山など国内の有力鉱山を押さえていたのです。

さて、良く語られる秀吉のお金の使い方で最初のエピソードは城の改修工事ではないでしょうか。城改修工事のときに職人を集めて、褒美として与えることで競わせたというものです。普通にやると工事期間も予算ももっと長く多く掛かったところを、目の前のお金に職人の目を向けさせることで、やる気を出させたという内容です。要するにニンジンを目の前にぶら下げたわけですね。

次いで鳥取城の兵糧攻め。織田軍の軍団長として中国毛利攻めを担当していた秀吉は鳥取城を攻めることになりました。鳥取城は堅固な城で力攻めすれば自軍にも大きな被害がでるのは間違いありません。そのため、秀吉は鳥取城を兵糧攻めすることにしました。しかし兵糧攻めは相手の兵糧をなくさないといけないので、味方に被害は少ないものの長期戦になるのです。前年に三木城を同じく兵糧攻めで陥落させていますが、これには2年をかけています。では鳥取城をどうやったら早く落とすことが出きるか?そこで秀吉はお金の力をうまく利用することにしたのです。

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秀吉は攻め込む前に商人を呼んで鳥取城下で兵糧を買いとるように指示をだしました。自軍でも軍費はかかるのに思い切った行動ですよね。しかも相場の2倍で買い取るように価格設定をしました。兵糧は順調に集まっていきました。しまいには噂を聞いた鳥取城兵が城内の備蓄兵糧まで売りに出すようになりました。秀吉それを見計らって鳥取城に攻め込みました。そして鳥取城を囲み兵糧攻めを開始したのです。城内の兵糧は著しく減っており、結果わずか4か月ほどで鳥取城は落城しました。

倍の価格で買うなんて一見散財しているように見えますが、秀吉はそれが最終的には安くつく、効率が良いことを見抜いていたんですね。戦国の武将らしからぬ思考力を持っていたと言えるでしょう。秀吉は生粋の武士ではないので、常識にとらわれない柔軟な考えができたのでしょう。

ほかにも家康の対抗心を削ぐために徳川領の近隣の城を金で飾ったり、大名にお金をばらまいたり、大盤振る舞いも多く行いました。豊臣にはこれだけお金があるんだ、力があるんだとアピールしたわけです。そんなことされると人の心理的に「勝てない、逆らってはいけない」って気にもなりますよね。

秀吉は色んなお金の使い方をしてお金の力を最大まで引き出していたのです。秀吉の財力あってのことですが、多くの鉱山もその財力を後押ししていたのですね。お金を使うことで相手の気勢を削ぐ、未来を買ったと言えます。そんな発想でお金を使えると実はお金を節約するより効率の良いことも多い気がします。

img_d27056d5a9c607bf2e1e8079aef1c9dd158297現代に生きる私たちもお金の使い方を一度見直してみると良いかもしれません。生き金と死に金、お金は生かさないといけません。もっとも私には想像も実行もできない感覚ですけど!せめて仕事でお金を使うときは将来に向けて、また一番効果が出る使い方をするように少し気に留めておくと良いかもしれませんね。

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