毛利小平太 「忠臣蔵」最後の脱退者とされる重要人物とは?


ネット徘徊してたらふと忠臣蔵というキーワードを見かけたので、今日はこれでいきます! 毎年クリスマスくらいになるとドラマとかモチーフにしたりとかなんらかの話題になってますね。

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さて、忠臣蔵といえば日本人の好む、義理人情の仇討ち物語として有名です。その中でも、中心人物である大石内蔵助、その息子である主税、高田馬場の決闘で有名な堀部安兵衛などが有名です。そのほかにも討ち入りは果たした47人の赤穂浪士はみな、歴史好きであれば調べたことがあるのではないでしょうか?なかなか全員覚えるというわけにはいかないですけどね^^;

200px-Kohe-taこの忠臣蔵という物語には、様々な理由から討ち入りに参加できなかった人たちもいます。その多くはあまり取り上げられることはありませんが、その中に気になる人物がいます。それは、毛利小平太という人です。この人は、忠臣蔵上では「最後の脱退者」と言われています。もともと小平太は忠臣蔵の中で、仇討ちの相手である吉良邸に下郎として潜入していました。そして「世間で厳重と言われていた吉良邸の警備は評判ほどではない」という、非常に重要な情報をもたらしました。にも関わらず、討ち入りの3日前に脱退の書状を残し逐電(ちくでん:逃げること)しています。この小平太の脱退は、討ち入りを果たした赤穂浪士達も予想外であったと考えられています。その理由として、討入口上書という書物には、裏門の突入部隊に小平太の名前があったのです。(小平太より1日あとに逃亡した、矢野伊助や瀬尾孫左衛門の名前はありませんでした)
また、上記の事柄から大石内蔵助も小平太の脱退を知ったのは討ち入り直前だと考えられています。

ako

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では「なぜ直前になって逐電してしまったのか?」ということです。しかし、この小平太が逐電した理由というのが正確にわかっていないのです。なので、多くの忠臣蔵物語が出ている中で、ここだけは作品を作る人が考えなくてはいけない部分なのです。むしろここで物語が変わることもあるでしょう。もっともどんな理由があっても結果的には脱退者なので大勢には影響ないかもしれませんが・・・。
あるときは「討ち入りを親族によって止められた」、またあるときは「討ち入りに行く途中で死んだ(病死、戦死など)」という風に表現されています。thJH97C1VI
実際に、直前まで赤穂浪士達に信頼され、尽くしてきた小平太が逐電してしまったのか?これに関しては、何か新しい歴史的文書が出てこないと真実はわかりません。しかし、逆にこの毛利子平太という人物が物語中でどのような形で描かれているのかによって、「この作者はこう考えているんだ」と忠臣蔵をみるポイントにできるかと思います。

これを見てくださった方も是非、「毛利子平太はきっとこういう理由で逐電したのかな?」と妄想してみてください。 そしていろんなパターンを見たり読むことでまた忠臣蔵を読む視点が変わるかもしれませんよ!

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