お由羅の方 島津家を揺るがしたお家騒動の真実とは?


大河ドラマ「西郷どん」が始まっていますが、思ったよりおもしろいです。西郷隆盛を語るに島津斉彬の存在は非常に大きく、欠かすことのできない人物なのですが、実は斉彬お家騒動で家督を相続しています。このきっかけになったのが『お由羅騒動』と言われているお家騒動なのですが、今回はこの騒動とお由羅の方に焦点を当ててみましょう。

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愛され上手な奉公娘

幕末の世で、女性が引き起こした政治的事件の筆頭にあげられているのが今回の『お由羅騒動』です。事件の首謀者とされるお由羅の方は、薩摩藩邸で奉公していた際に島津斉興に見初められ側室となった女性です。大河ドラマでは小柳ルミ子さんが妖艶かつ腹に一物抱えたような演技をしています。他の側室と比べて特に寵愛を受けていた彼女は、正室の弥姫が死去すると強大な権力を持つようになりました。斉興から溺愛されているという事実はお由羅の方の自信となり、やがて野心へと変わっていきました。そしてお由羅の方の思考は自分がお腹を痛めて産んだ息子・久光を藩主にしたいという考えに行き着くのです。

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50人もの藩士が犠牲に

本来斉興の後を継ぐのは長兄で嫡男でもある斉彬のはずでした。当時の常識から考えても当たり前の跡目相続です。しかしお由羅の方に言い寄られた斉興は、久光を当主にしようと考えるようになりました。そんな斉興の考えを察した斉彬派の藩士たちは「斉興隠居・斉彬襲封」に向けて動き出しました。しかしそんなことを斉興が許すはずもなく、斉興はなんと斉彬派の50人もの藩士に切腹、遠島、近臣という思い処分を下してしまったのです。

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こうして発生した『お由羅騒動』は、脱藩した斉彬派の数人が筑前福岡藩主・黒田長薄に援助を求めたことで、幕府老中阿部正弘まで出てくる事態に発展しました。ちなみにこの黒田家の始祖はこの前大河ドラマになっていた黒田官兵衛ですね。ともあれ、斉彬は阿部正弘、松平春嶽、山内容堂、伊達宗城など幕末の大物たちとも江戸で親交があり、大きく評価されていたこともあり、結果としては斉興が隠居し、斉彬が後を継ぐことになりましたが、事件の原因が一人の女性だったなどとは幕府老中でも信じがたい事実だったのではないでしょうか。歴史上では、よく聞きがちなこととはいえ、やっぱり珍しいことだったのです。当のお由羅はこの騒動に際して何も処罰を受けなかったといいます。

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斉彬は家督相続から年もたたずに死去してしまいます。そのあとを継ぐことになったのは久光の子・忠義。久光は当主にこそなりませんでしたが、事実上の権力者となりました。歳月を経て、由羅の方の野望は達成されたと言えます。また斉彬がいたからこそ、薩摩は明治維新の中心へと繋がっていきます。実際、明治維新で活躍した薩摩の偉人たちの多くは斉彬に取り上げられた下級武士たちなのです。斉彬が当主にならなかったら明治維新での薩摩の躍進はなかったかもしれません。そう考えると当時直接斉興から久光へ後を継がせるより、斉彬を当主に挟んだことにより薩摩の躍進があったともいえるのではないでしょうか。結果的には一番良い形でお由羅の方の\願望は成就したと言えるのかもしれません。

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