武蔵坊弁慶 架空の人物?すべてはフィクションなのか?


忠義の豪傑として知られる武蔵坊弁慶。源義経との五条大橋での決闘や仁王立ちの大往生など、数々の逸話を残した弁慶の生涯は今も語り草になっていますね。

そもそも実在したのか?疑惑の人物

しかし、実のところ弁慶が実在したかどうかは定かではないのです。というのも、逸話の多くは攻勢に作られた物語『義経記』で描かれたものだからです。産まれながらに3歳児の体型だったとか千本の太刀を奪おうと悲願を立てたこと、更に義経に出会って家臣になったことなどそのすべてがいくら何でも出来過ぎていると思いませんか?つまり、一般的に知られている逸話はすべてフィクションくさいんですよね。あれだけ有名な弁慶がそんな疑惑を持ってるなんて意外ですよね。

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では史実における弁慶とはいったいどんな人物だったのでしょう?『吾妻鑑』には義経の従臣のひとりとして弁慶の名前が記されています。『平家物語』では目立たない武将の一人として登場するのみです。驚くことにこれ以外に弁慶について記された史料は一切ないのです。つまり、「どうやら実在はしていたみたいだが、どんな人物なのか全く不明」なのです。

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武蔵坊弁慶に関する様々な説

謎多き弁慶には諸説があります。『義経記』によると比叡山に預けられていた弁慶は乱暴を働いたために追放されたと言います。また比叡山延暦寺と総本山園城寺の抗争の首謀者として追放されたという説もあります。更に“弁慶の立ち往生”の舞台となった衣川の合戦ですが、驚くことに弁慶は衣川で死なずに青森県や北海道に逃れたともされています。史書に残っていないのでその終生も全く分からないのです。いったいどれが真実なのでしょう?

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私たちが知っている天下無双で忠義の豪傑・武蔵坊弁慶、しかしそのすべては後世の物語が作り出した虚像と言わざるをえません。真実の弁慶を知る術は今のところ何もないのです。

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