那須与一 扇の逸話には凄惨な続きが!


那須与一は弓の名手で、源平合戦で船の上の扇を射落とし、源氏の士気を高揚させた。こんなイメージが非常に強く、一般的にはそれで認識されていると思います。しかし、この話、間違いではないのですが、続きがあるんですね。

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平家物語に伝わる“扇の的”伝説

“義経の弓流し”として義経が必死な想いで弓を拾った話でも有名な屋島の合戦。その中に一つの有名な逸話があります。これがいわゆる那須与一「扇の的」の話です。t02200316_0488070012217638044平家物語によると屋島の合戦では屋島・庵治半島の岸において激しい矢戦が繰り広げられていたのですが、夕刻になると日も落ちてきたために休戦状態となりました。すると平氏の方から美女の乗った小舟が現れてきて「竿の先にある扇を射て」と源氏を挑発してきたのです。

義経はこれを「絶対に外せない」と数々の武勇を誇り、怪力伝説でも知られる畠山重忠を選出しました。ところが、重忠はこれを辞退してしまいます。続いて下野国の那須十郎が推薦されましたが、十郎も辞退します。代わりとして十郎の弟である与一が射ることになりました。

扇の次に射られた平氏の武者

源平両軍ともに注目する非常に大きな場面です。挑発に乗った以上、的を外せば源氏の今後の戦にも関係してくる可能性があります。与一はもし的に当てることができなければ切腹すると誓い、馬を海中に入れて身構えました。そして静寂を破るように与一は鏑矢を放ちました。与一の放った鏑矢は見事に扇の柄を射抜き、扇は空へ舞い上がって春風にもまれながら静かに海へを落ちていきました・・・。

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と、“扇の的射ち”の様子は描かれています。これからの合戦の行方を占うかもしれない緊張感はあったとはいえ、合戦後の休憩か娯楽であるかのような描写です。しかし、物語委はここでキレイには終わっていなかったのです。

与一の射撃のあまりの見事さに感極まった平氏の武者が踊りだしたのですが、それをみた義経はなんと「あの男も射てしまえ」と与一に命令したのです。与一はその武者も見事に矢を命中させました。これをみた平氏が激怒して、せっかく休戦状態となっていたところから、また合戦が再開してしまったと言います。

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このあたりに両軍の意識の差や義経の戦に対する合理的思考が見えるような気がします。義経はどうしても勝たないといけない合戦という戦に掛ける心構えも違っていただろうとは思います。平氏としてももちろん負けられない戦ですが、休戦時の余興(その後の重要度はさておき)としての感覚だったのでしょう。

しかし、合戦なのだから、殺し合いであることはやむをえません。現代の感覚だと「ひどい」とかいう意見も出てきそうですが、それが戦ですし、それが歴史の積み重ねということですね。やっぱり何度も言うように、今の視点感覚で歴史を見てはいけないんですね。

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