篤姫 箱入りお嬢様はかなりの床上手?


NHK大河ドラマ「篤姫」で主人公として描かれ、大いに注目を集めた天璋院篤姫、宮崎あおいさんが演じてました。いやあ、宮崎さん可愛かったです!実際の篤姫の暮らしぶりはどんなものだったのでしょうか?

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大奥入り前の“お姫様教育”

薩摩藩主島津斉彬の養女となった篤姫はいずれ御台所になるという立場から輿入れ前に薩摩の鶴丸城で徹底的に“お姫様教育”を受けたといわれています。篤姫はそこで島津家、徳川家の歴史をはじめ、大奥でのしきたりや行儀作法を学びました。しかし、そこでの生活はトイレに行くにも女中が後をついてくるなど、とても自由と呼べるようなものではなく、篤姫にとっては大変厳しい毎日だったと言えます。

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世継ぎのために教え込まれた性教育

厳しい教育は“性教育”でも同じだったそうです。篤姫には“世継ぎをもうける”というとても大事な役割があったからです。男女の秘儀(いわゆる性行為ですね)を描いた枕絵を使い、徹底した性教育を叩き込まれたそうです。

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しかし、実際に篤姫が送り込まれた将軍家定は性不能だったので、子供を作ることはできませんでした。もし、周囲がそれを知ったうえで子作りが難しい家定との間に世継ぎをもうけろと篤姫を送り込んでいたとしたら、なんともむごい話ですね・・・。しかし、当時の親の言うことは絶対です。いずれ大奥へ入ることえの心構えということもあり、篤姫は大奥教育に対して決して弱音を吐くことはなかったそうです。強い女性ですね。

3557263iでは大奥に入った後の生活はどうだったでしょう?彼女の生活は大体朝7時くらいの起床から始まります。篤姫は係の者に起こされる前に必ず起きていたそうです。目覚まし時計もない時代なのに素晴らしいと思います。また、起床後には必ず朝湯に入っていたそうです。当時は1日おきに入浴することが当たり前だったので、篤姫のように毎日風呂に入るというのはかなり珍しかったはずです。更に篤姫は1日に5回も着替えをしていたというから、相当なキレイ好きだったことが伺えますね。

篤姫のもつ強い精神力

しかし、篤姫は大奥で自由気ままな生活を送れていたわけではなかったようです。大奥には厳しいしきたりに加え、“女だけの領域”というだけあって、嫁姑間の確執や奥女中のイジメなど違った意味での厳しさがたくさんありました。それでも篤姫が大奥での生活を生き抜けたのは、輿入れ前の徹底した教育に加え、何より彼女自身に芯の強さがあったからなのでしょう。これこそが篤姫の一番の武器だったんだろうと思うのは私だけではないのではないでしょうか。

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篤姫の生き方と意思の強さ、考え方などは現代に通じるところも多い気がします。だからこそ大河ドラマの主人公に選ばれたのかもしれませんね。

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