阿部定 世間を騒がせた猟奇殺人犯はニンフォマニアか純愛か


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今回のテーマは男女のもつれや殺人といった内容なので、ちょっとダークなものになります。人によっては不快感や嫌悪感を強く感じることもあるかもしれないので、そういう方はご注意ください。

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男のもとを渡り歩いていた阿部定

2・26事件で軍国主義の風潮が吹き荒れる中で、その事件は起こりました。割烹の主人で会った石田吉蔵が、不倫相手の女中である阿部定との情交の末に殺され、局部を切り取られたのです。信じがたい猟奇的な犯行に世間は沸き、阿部定の名前は世間に知れ渡りました。“阿部定事件”です。

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TKY200606100156石田と出会う前、定は芸者や妾などをしながら各地を転々と遊び歩いていました。相手にした男の中には名古屋の市議会議員大宮五郎もいたとされています。大宮は定を諭し、まじめに働くようにと東京中野の吉田屋という割烹を紹介しました。そこの主人が石田吉蔵だったのです。石田は齢42歳の粋な快男児、定はほどなく石田に惹かれ、石田も妻を持つ身でありながら、定と不倫を働くようになりました。そして二人の愛欲がピークに達したときに事件は起きました。

情交の上絞殺 そして局部切断

kaimura9尾久の待合旅館・満佐喜にて二人は常時に明け暮れていました。待合旅館とは今でいうファッションホテル、もっと一般的に言うとラブホテルみたいなものと思ってよいでしょう。石田に「首を絞めると快感が増す」と言われた定は、性交中に石田の首を絞め続けたそうです。しかし、行為が長時間に及ぶにつれて感覚がマヒしてしまった部分もあったのでしょうか、石田は寝ている間にも首を絞められ、やがて死に至りました。しかし、包丁を準備しているところを見ると、確信犯であることは間違いないと私は思っています。定としては一緒になるには殺すしかないと思ったのでしょう。

絶命した石田を見た定は、包丁で石田の性器を切断し、雑誌の表紙に包んで持ち帰ったのです。その日の昼、石田の遺体が旅館の女中によって発見されたことにより、事件が発覚しました。定は石田の血でシーツに阿部定は石田の血でシーツに。『定吉二人キリ』と書き、さらに石田の左腕に「定」の文字を刻んでいました。自分と吉蔵の名前を切り取り、誰にも近寄らせないという思いを込めたのだそうです。翌々日、定は旅館に宿泊していたところを逮捕されました。定は刑事を見ると「私がお探しの阿部定ですよ」とあっさり自供したのです。

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事件は人々の発奮材料に

メディアがこの事件を大きく取り上げると、日本全国にで多大な反響が巻き起こりました。定は猟奇殺人者というよりも、狂おしいほどに愛を貫いた悲劇のヒロインとして扱われ、裁判が行われた際には裁判所に“お定ファン”が殺到、事件直後に定が売り払った衣服には法外な値段が付けられたと言います。本来であれば、社会問題に発展してもおかしくない猟奇的な事件ですが、軍国主義に閉口していた人々にとってはある種のカンフル剤になったのかもしれませんね。もちろん、今も昔も許されることではありませんが、時代背景から世論が寛容になったのかもしれません。

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定は6年の懲役を受け、恩赦で出所した後は「吉田昌子」と名前を変えて料亭やホテルの従業員をしてひっそり暮らしたと言いますが、やはり阿部定であることを隠す続けることはできなかったようです。以後突然行方をくらまし、そのあとの足取りについてはハッキリとは分っていません。定の生き方は多くの作家を魅了し、小説などになって今も語り継がれています。

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