お市の方 天下に響いた美女は織田家のスパイとして浅井家へ嫁いだのか?


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戦国時代の美女と言えばお市の方を挙げる方も多いのではないでしょうか。ご存知織田信長の妹で政略結婚で浅井家に嫁いだ悲劇のヒロインとして有名ですね。そんなお市の方について一般的に言われていることとは少し線を引いて敢えて紹介してみます。

織田家と浅井家の同盟を締結するために結ばれた、お市の方と浅井長政。一般的に二人は政略結婚ながら仲睦まじい夫婦生活を送ってたことで知られています。しかし、1573年に長政は義兄の信長に攻められて自害するという非業の最期を遂げてしまいます。もっとも、これは一方的に信長が攻めたわけではなく、信長と敵対していた朝倉家と浅井家が同盟を結んでいたために起きた悲劇ではありますが、この長政の死はお市の方がもたらしたという説があります。それはお市の方が信長から送り込まれたスパイだったという考えに付随するものなのです。

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信長は浅井家にお市の方を嫁がせるときに、浅井家に対して「朝倉家には手を出さない」と約束をしていました。しかし、1570年に朝倉家討伐のために進軍を開始しました。信長は朝倉家に対して“将軍による上洛命令に従わない”という大義名分を掲げていましたが、当の浅井家は織田家とも朝倉家とも同盟関係にあるため、当主長政は板挟みの状況に陥ってしまいます。長政は悩みに悩んだ挙句、昔からの同盟国である朝倉家に味方することを決意、背後から織田軍を急襲するために動き出しました。

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ここで動いたのがお市の方だったのです。浅井・朝倉両軍による織田軍挟撃作戦を知ったお市の方は、両端を縛った小豆袋を信長に送ることでこれを信長に知らせたと言われています。1061e326織田軍を袋の中の小豆に例え、両端を結ぶことで浅井・朝倉両軍による挟み撃ちを示唆したのです。それを見た信長はお市の方の意図を察し、すぐさま“逃げる”ことを決断、木下藤吉郎を殿軍として京都に逃げ延びました。人知れず情報を集め、意図だけを適切に伝えたこのお市の方の行動は将にスパイと呼べるものではないでしょうか。お市の方の働きがなければ、信長はこの戦いで討ち取られ、織田家はここで滅びてしまったかもしません。

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setsumeiこのエピソードの真偽は正直、本当なのかどうか分かりません。しかし、信長が長政の裏切りを知ったものとして非常に有名なエピソードです。長政との愛は偽りで、円満な夫婦生活もスパイとしての自分を隠すためのシナリオだったのかもしれませんね。ちなみにこのエピソードを元にした商品も出ていますので、見つけられた方は食べてみてはいかがでしょう?(笑)

sta_c232_asaiasakura_ouminokataそれにしてもなぜお市の方は信長のスパイとして人生を費やしたのでしょうか。実は当時の政略結婚では女性はスパイとして情報や外交補佐としての側面を持つことは珍しいことではありませんでした。信長と濃姫の結婚もそうですし、伊達政宗の父輝宗と最上家の娘・義姫もそのような任命を帯びていたとも言われています。もちろん、そこで幸せな生活を送り、実家よりもその嫁いだ先の家を最優先に考えるように変わることも当然ありますし、スパイの任命を全うし続ける女性もいたことでしょう。そう考えると歴史とはいえ、やっぱり当時の女性はかわいそうではありますね。だからと言って、私はそれを美化したり批判する気は一切ありませんけどね。そういう時代だったという事実をしっかり認識しておかないと、歴史を考えるときにおかしな解釈をしてしまいますから。

C51DBB0159984364A02B4B10763EE1F6_Lちなみにこの戦いで殿として功績を挙げた木下藤吉郎はもちろん、のちの豊臣秀吉です。この戦いで、織田家で出世の階段を駆け上っていくことになります。それが本能寺の後には信長の後を継ぎ、天下統一まで成し遂げています。この戦いはこの後の歴史に大きな影響を及ぼしたことは間違いないでしょう。

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